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東京地方裁判所 昭和33年(レ)152号 判決 1961年7月08日

控訴人(第一審原告) 桐山か禰

右訴訟代理人弁護士 蘆原常一

被控訴人(第一審被告) 某(不明)

右訴訟代理人弁護士 西尾盛三郎

主文

原判決中、控訴人の家屋明渡請求を棄却した部分及訴訟費用の負担を命じた部分を取消し、控訴人の金員給付請求を棄却した部分を左のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ昭和二九年九月三日以降右家屋明渡済に至るまで一ヵ月金八〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

控訴人のその余の金員給付請求部分はこれを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人勝訴の部分に限り、控訴人において金一〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

被控訴人において金一五万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

≪省略≫

理由

被控訴人が控訴人から控訴人主張の和解調書に基き、昭和九年九月一日以降その主張の約定で、期間の定めなく控訴人所有の本件家屋を、賃借したことは当事者間に争がない。

ところで控訴人は、右賃貸借は、期間の定めがないから民法第六〇四条の規定により、二〇年を以て、期間満了となる旨主張するが、右規定は、賃貸借契約の当事者間においてその存続期間を定める場合の制限規定であつて、期間の定めなき賃貸借を規制したものではない。賃貸借契約の当事者が、一旦存続期間を定めた以上は、その期間内解約告知は許されず、従つて当事者は右期間に拘束されることになるが、賃貸借は債権関係たる性質上、余りに長期に当事者を拘束することは妥当ならずとして、その長期を一応二〇年に制限したのが右規定の趣旨である。しかるに、期間の定めなき賃貸借の場合には、借家法第一条の二にいわゆる正当の事由がある限り、いつでも解約の申入がなされないまま事実上二〇年を越えて賃貸借が存続する場合でも、なお各当事者に右正当事由の存在を前提とする解約申入によつて、いつでも賃貸借関係を終了せしめうる権利が保留されているのであるから、右規定の趣旨には反しないものというべきである。右に説明したとおりで、期間の定めなき賃貸借には、民法第六〇四条を適用すべき余地がないから、期間満了を前提とする控訴人の主張は、他の点を判断するまでもなく、既にこの点において失当といわざるをえない。

次に、控訴人が被控訴人に対し、昭和二九年二月中、口頭による賃貸借契約更新拒絶の意思表示をしたことを肯認するに足る証拠は存しないが、同年三月二日付同日到達の内容証明郵便による書面を以て本件家屋賃貸借契約更新拒絶の意思表示をしたことは当事者間に争なく、他に特段の事情の認められない本件にあつては、控訴人の右更新拒絶の意思表示は、将来、被控訴人に対し本件家屋を賃貸しない旨の控訴人の意思の表現として、解約の申入をも包含するものと解するに妨げなく、しからば、借家法第一条の二にいわゆる正当の事由が認められない限り、右申入後六ヵ月を経過することによつて当然解約の効果が発生するものというべきであるから、更に進んで右解約の申入に果して正当の事由があるかどうかの点につき検討するに、原審証人原田庄吉の証言によつて成立を認めうる甲第五号証の一、二、昭和三二年一一月一六日当時における本件家屋の状況を撮影した写真であることにつき当事者間に争のない同第九号証の一、二、同三五年五月一八日当時における本件家屋の状況を撮影した写真であることにつき当事者間に争のない同第一六号証、同第一七号証の一ないし三、同第一八号証の一、二、原審及び当審証人原田庄吉、同桐山幹男、原審証人渋谷惣一(第一、二回)、当審証人月林茂信の各証言並びに原審及び当審における控訴人と被控訴人の各本人尋問の結果、原審鑑定人内田晃の鑑定の結果及び当審(第一、二回)における各検証の結果を総合すれば、「本件家屋は、大正一三年頃の建築にかかる粗末な古家で、既に土台から崩壊しつつあり、土台のうち半分近くは取替を必要とし、柱も腐蝕して内数本は根つぎをしなければならず、又居室六畳間、同二畳間の全般にわたつて床板及び根太の腐朽がみられ、そのため居室六畳間は中央部より両側内壁に向つて一、二寸下り、反対に中央部がやや突起し、居室二畳間は入口より向つて右側にこれ又一、二寸下るといつた様相を呈しており床板及び根太の大部分を取替修理する必要が認められ、屋根瓦も大量に破損し、壁は雨漏と家屋自体のひずみによつてかなりの損傷を受け、店舗兼仕事場の天井の一部も雨漏のために腐朽破損し、更に廻縁及び柱と軒桁の仕口附近にも腐朽が及ぶといつた状態になつていること、本件家屋は、井の頭線池の上駅の北方に位し、巾員約七米の舗装道路を挾んで存在するかなり繁華な商店街の中程にあり、正面向つて右側の上マーケツト、左側は衣料品店に接しているが、柱の腐朽が原因で、右池の上マーケツトの方に傾いており、附近の家屋と較べても極めて見劣りのする老朽家屋で、外観上も非常に見苦しく、右商店街の中にある家屋としては、全く好ましからざる存在となつていること、最近、被控訴人において、控訴人の意見に反し強いて或る程度の修理を加えた結果、一応使用に堪えうる状態にはなつており、現に被控訴人は、本件家屋に居住してクリーニング業を営んではいるものの、不測の天災地変に対しては極めて耐久力に乏しく、速かに改築若しくは少くとも大修理を施さない限り、姑息な部分的修理のみを以てしては、これを維持保全することは難しく、早晩朽廃を免れない運命にあること、又附近商店街の建築が益々改善されて行く状勢にある今日、街の発展、美観その他近隣との関係からみてもかかる老朽家屋をそのままに存続させておくことはいかにも好ましくないこと、本件家屋は右のとおり老朽が甚だしいためこれを補修することは意味がなく、仮りに大修理を施すとするも多額の費用を要してしかもうるところ少なく、結局採算がとれないところから、控訴人においては被控訴人より本件家屋の明渡を受けたうえ、これを取壊してその跡に商店街に適した家屋を新築する計画を樹てていること。」が認められ、原審証人渋谷惣一(第一、二回)の証言中右認定に反する部分は当裁判所これを措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

右認定の事実によれば、本件家屋は一応建物としての耐用命数に達しており、腐朽、破損甚だしく、早晩朽廃を免れない状態にあることが明らかであるから、控訴人側において、本件家屋を撤去しその跡に商店街に適した家屋を新築するという計画はもつともであり、これがためにはもとより被控訴人に対して、本件家屋の明渡を求める必要があるものというべく、控訴人が、かかる措置に出ることは、一面社会公共上の義務に属するものともいいうる。なんとなれば、さきに認定したとおり、益々発展しつつある商店街の一劃に本件家屋の如き既に耐用命数に達し、腐朽破損甚だしき老朽家屋をいつまでも存置させておくことは、街の美観を損ね、その街全体の発展のためにも好ましくないのみならず、現在直ちに倒壊するおそれはないとはいえ、かかる危険を包蔵する建物を、そのままに放置しておくことは、近隣の保安上の要請からも不適当と認められるからである。他方、被控訴人は、早晩朽廃を免れない建物の賃借人として、本来その朽廃とともに賃借権を喪失する運命をになつているものであるから、賃貸人たる控訴人に、右のような必要の存する以上、被控訴人としては、これを忍受すべき立場にあるものといわなければならない。しからば、控訴人のなした本件解約の申入は、借家法第一条の二にいわゆる正当の事由ある場合に該当するものというべきである。

果してしからば、本件家屋賃貸借契約は、前記解約申入の日(昭和二九年三月二日)から六ヵ月を経過した昭和二九年九月二日を以て終了したものといわざるをえず、従つて被控訴人は、控訴人に対し、本件家屋を返還するためにこれを明渡すべき義務があり、又控訴人は、被控訴人の右返還義務の不履行により損害を蒙りつつあるものというべきである。ところで、本件家屋は、控訴人において他に転用する意思のないものであるから、本件損害は、その使用収益不能による損害自体とはいいえないが、もし賃貸借が継続するものとすれば、なおその限りにおいては、約定賃料を収得しうるものであるから、被控訴人が占有使用を継続する限り、約定賃料額にあたる損害を控訴人に蒙らしめているものといつて差支ない。

以上の次第で、控訴人の本訴請求中、控訴人が、被控訴人に対し、賃貸借終了に伴う返還義務の履行として、本件家屋の明渡を求めるとともに、右返還義務の不履行による損害賠償として、賃貸借終了の日の翌日である昭和二九年九月三日以降明渡済に至るまで、本件家屋の賃料相当額(原審における被控訴人本人の供述によれば、本件解約当時の約定賃料は一ヵ月金八〇〇円と認められる。)にあたる一ヵ月金八〇〇円の割合による損害金の支払を求める部分は理由ありとしてこれを認容すべきも、その余の損害金請求部分は失当として棄却すべきである。(右のとおりの判断がなされた以上、控訴人の無断増築を原因とする解約解除の主張は、更に判断を加える必要がないからこれを省略する。)

しからば、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は、当審で控訴人の請求を一部棄却した限度を除き失当であるから、これを本件主文のとおりに取消、変更すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、仮執行並びにその免脱の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古山宏 裁判官 斉川貞造 黒田節哉)

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